さらしるさんのところで、はてなの「東方ボカロアイマスでニコニコ動画御三家?冗談だろ?」というエントリーを見ました。なるほど、ニコニコ動画に肩まで浸かってる方の見方(のひとつ)はこういう感じなんですね。
ただ、なんなんでしょ。アイマスを好きな人にとって、ニコニコ動画ってそこまでプライオリティが高いんでしょうか? 僕個人の場合、アイマスに関してニコニコに期待することといえば、まず「THE IDOLM@STER RADIO」を毎週水曜日(たまに月曜日)に配信してくれること。そして新しいDLCの配信日に撮影がうまい人の動画を見に行って、あとは知り合いが面白い動画にリンクを張っていたら見に行くぐらいで。あったら楽しいけど、無くてはならないものではないんですよね。
僕は、ニコニコ動画は、“入り口”であると考えています。ニコニコは単体では、一部の例外を除いては、コンテンツに対してそれほど大きな収益をもたらすわけではありません。動画で興味を持った人の中から、コンテンツに対してお金を落とす人を囲い込めるかが重要なわけです。その意味で、かつてニコニコのメインコンテンツだったアニメ等のコンテンツホルダーは、ユーザー主導による動画の無断配信にNOの解答を出しました。無制限なフリーライドのデメリットが、宣伝効果のメリットより大きいと判断したわけです。ではアイマスはなぜ黙認されているかといえば、ニコニコや同人等の媒体で宣伝されるのは「キャラクターコンテンツの魅力」であり、それとは別にゲーム本体、DLC、アイドラなどの商材があるからです。そこが配信されている映像そのものが商材のアニメとの最大の違いです。
東方ボカロアイマスが仮に御三家だとして、それは閲覧数が多いからでしょうか? もちろんその意味もあるでしょうが、メジャーなコンテンツの中で、ユーザーの創作コンテンツのアップロードに「NO」を現在まで言っていない数少ない代表がその3つだった、と僕は理解しています。今のニコニコのアキレス腱であるコンテンツの多様性の狭まりを考えると、東方ボカロTUEEEE、とか言ってる場合じゃない気もするのですが。
●コンテンツとしての適性ユーザー数
コンテンツが最終的に目指す目的は、たくさんの人に見られること(テレビなら視聴率、ニコニコなら閲覧数)でしょうか? それは、あくまで過程であり、最終的にコンテンツを支えるのは商材の売り上げです。深夜アニメの場合はそれが特に顕著で、視聴率が高かろうが低かろうが、評価されるのはDVDの売り上げです。ゴールデンタイムを中心としたコアタイムは、その数字自体がスポンサーに対する商材になるから視聴率が重要なんですね。
ニコニコの閲覧数も、ニコニコ動画の外から見た場合、その数字が持つ意味を考える必要があります。アイマスの場合、閲覧数100の動画より、1000の方がいいでしょう。1000よりは10000、10000よりは100000……頷けるのはこれぐらいまでかな。「閲覧数100000よりも1000000が望ましい」とは、僕は考えません。そこで考えたいのが、コンテンツとしての適性ユーザー数です。閲覧数数十万といった動画は、そのジャンルのファンだけでは達成できません。多くのネット上の浮動層を取り込む必要があるんですね。
で、アイマスは今後も浮動層を無制限に取り込んで拡大を目指すべきなのか。これに僕はNOと言いたいんです。動画を経由して入ってくるファンは、比率的に旬の流行に過敏な浮動層、そして若年層が多いと考えられます。そうした層がエンドレスに流入してどんどんファン層が拡大していくのは、メリットばかりではないはずです。実際に、すでにパシフィコ横浜ですら難民が発生する状況が発生しています。コアユーザーが非常に強く、お金をまとめて落とすアイマスの場合、浮動層が一時的に大量に流れ込んだ結果、旧来のコアユーザーがライブを見られないといった事態はマイナスにすら作用しうるのです。コンテンツと、イベントや中の人との結びつきが強いのが、VOCALOIDや東方との大きな違いだと思います。
一旦ついた浮動層がどんどんアイマスファンとして定着していくのならよいかもしれませんが、浮動層というのは、その時々のコンテンツに食いつくから浮動層なのです。卑近な例で申し訳ありませんが、僕の行きつけの秋葉原のとんかつ屋が、ネットで大きく紹介されてから一見客が殺到、お店の方が「常連さんが入れなくて申し訳ない」とこぼしていたことがありました。店からすれば、常連が飛んだ後に一見客が引いたら商売上がったりなわけです。その店のキャパシティを越える来客は、長い目で見ると必ずしもプラスではない、こともあるんですね。制作側、中の人とファンが一体になって盛り上げているアイマスのようなコンテンツの場合、現在の距離感をキープできるファン数にはおのずと上限があるような気がします。
もちろん、新規ファンは必要だとは思います。興味を持ってくれる人が増えるのは、嬉しいことですし。ただ、「ニコニコで布教活動をしないと文化としてのアイマスは廃れる!」という意見には、ニコニコだけが世界のすべてではないからなあ、と首を傾げてしまうのです。このあたりは、ニコニコを経由せずアイマスに触れて、中の人に強く思い入れを持っているPのスタンスなのかもしれません。ニコニコから入った、あるいは現役ヘビーニコニコユーザーなプロデューサーがどう感じるのか、気になるところです。
おまけ ニコニコでメインストリームになりすぎると、消費されて陳腐化するサイクルが急激に加速する問題もあると思うのですが、話が大きくなりすぎるので今回は書きません。
ただ、なんなんでしょ。アイマスを好きな人にとって、ニコニコ動画ってそこまでプライオリティが高いんでしょうか? 僕個人の場合、アイマスに関してニコニコに期待することといえば、まず「THE IDOLM@STER RADIO」を毎週水曜日(たまに月曜日)に配信してくれること。そして新しいDLCの配信日に撮影がうまい人の動画を見に行って、あとは知り合いが面白い動画にリンクを張っていたら見に行くぐらいで。あったら楽しいけど、無くてはならないものではないんですよね。
僕は、ニコニコ動画は、“入り口”であると考えています。ニコニコは単体では、一部の例外を除いては、コンテンツに対してそれほど大きな収益をもたらすわけではありません。動画で興味を持った人の中から、コンテンツに対してお金を落とす人を囲い込めるかが重要なわけです。その意味で、かつてニコニコのメインコンテンツだったアニメ等のコンテンツホルダーは、ユーザー主導による動画の無断配信にNOの解答を出しました。無制限なフリーライドのデメリットが、宣伝効果のメリットより大きいと判断したわけです。ではアイマスはなぜ黙認されているかといえば、ニコニコや同人等の媒体で宣伝されるのは「キャラクターコンテンツの魅力」であり、それとは別にゲーム本体、DLC、アイドラなどの商材があるからです。そこが配信されている映像そのものが商材のアニメとの最大の違いです。
東方ボカロアイマスが仮に御三家だとして、それは閲覧数が多いからでしょうか? もちろんその意味もあるでしょうが、メジャーなコンテンツの中で、ユーザーの創作コンテンツのアップロードに「NO」を現在まで言っていない数少ない代表がその3つだった、と僕は理解しています。今のニコニコのアキレス腱であるコンテンツの多様性の狭まりを考えると、東方ボカロTUEEEE、とか言ってる場合じゃない気もするのですが。
●コンテンツとしての適性ユーザー数
コンテンツが最終的に目指す目的は、たくさんの人に見られること(テレビなら視聴率、ニコニコなら閲覧数)でしょうか? それは、あくまで過程であり、最終的にコンテンツを支えるのは商材の売り上げです。深夜アニメの場合はそれが特に顕著で、視聴率が高かろうが低かろうが、評価されるのはDVDの売り上げです。ゴールデンタイムを中心としたコアタイムは、その数字自体がスポンサーに対する商材になるから視聴率が重要なんですね。
ニコニコの閲覧数も、ニコニコ動画の外から見た場合、その数字が持つ意味を考える必要があります。アイマスの場合、閲覧数100の動画より、1000の方がいいでしょう。1000よりは10000、10000よりは100000……頷けるのはこれぐらいまでかな。「閲覧数100000よりも1000000が望ましい」とは、僕は考えません。そこで考えたいのが、コンテンツとしての適性ユーザー数です。閲覧数数十万といった動画は、そのジャンルのファンだけでは達成できません。多くのネット上の浮動層を取り込む必要があるんですね。
で、アイマスは今後も浮動層を無制限に取り込んで拡大を目指すべきなのか。これに僕はNOと言いたいんです。動画を経由して入ってくるファンは、比率的に旬の流行に過敏な浮動層、そして若年層が多いと考えられます。そうした層がエンドレスに流入してどんどんファン層が拡大していくのは、メリットばかりではないはずです。実際に、すでにパシフィコ横浜ですら難民が発生する状況が発生しています。コアユーザーが非常に強く、お金をまとめて落とすアイマスの場合、浮動層が一時的に大量に流れ込んだ結果、旧来のコアユーザーがライブを見られないといった事態はマイナスにすら作用しうるのです。コンテンツと、イベントや中の人との結びつきが強いのが、VOCALOIDや東方との大きな違いだと思います。
一旦ついた浮動層がどんどんアイマスファンとして定着していくのならよいかもしれませんが、浮動層というのは、その時々のコンテンツに食いつくから浮動層なのです。卑近な例で申し訳ありませんが、僕の行きつけの秋葉原のとんかつ屋が、ネットで大きく紹介されてから一見客が殺到、お店の方が「常連さんが入れなくて申し訳ない」とこぼしていたことがありました。店からすれば、常連が飛んだ後に一見客が引いたら商売上がったりなわけです。その店のキャパシティを越える来客は、長い目で見ると必ずしもプラスではない、こともあるんですね。制作側、中の人とファンが一体になって盛り上げているアイマスのようなコンテンツの場合、現在の距離感をキープできるファン数にはおのずと上限があるような気がします。
もちろん、新規ファンは必要だとは思います。興味を持ってくれる人が増えるのは、嬉しいことですし。ただ、「ニコニコで布教活動をしないと文化としてのアイマスは廃れる!」という意見には、ニコニコだけが世界のすべてではないからなあ、と首を傾げてしまうのです。このあたりは、ニコニコを経由せずアイマスに触れて、中の人に強く思い入れを持っているPのスタンスなのかもしれません。ニコニコから入った、あるいは現役ヘビーニコニコユーザーなプロデューサーがどう感じるのか、気になるところです。
おまけ ニコニコでメインストリームになりすぎると、消費されて陳腐化するサイクルが急激に加速する問題もあると思うのですが、話が大きくなりすぎるので今回は書きません。
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