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2026/01/18 08:26 |
「感極まったら言います。」3・28田村ゆかり日本武道館ライブ
今日も写真売りさん大活躍。
 田村ゆかり“Love Live 2008 *Chelsea Girl*”日本武道館公演に行ってきました。武道館は桜満開。九段下の駅を降り、田安門を潜って武道館にいたるまで、周囲は桜、桜、。隣の靖国神社はお祭りの真っ最中。まさに田村ゆかりのライブをやるためにあるような場所・時期と言えるでしょう。物販は開場4時間前には行列が打ち切られる地獄だったようで、史上まれに見る人手。やはり、“夢とファンタジーの国「ゆかり王国」の姫、ゆかり姫が5歳の時にお歌いあそばされた伝説の国歌”の会場限定CDの引力は強力だったようです。

 とはいえ流石武道館、観客入場の導線が洗練されていることもあり、入場はほとんど止まることもなくスムーズでした。指定席ライブでのお約束、ピクトチャットでくだらないことを話していたのですが、年齢は?「17歳」「17」「17さい」「17」「19! みんな若い!」というやり取りに非常に心温まりました。5分ほど遅れて、ライブはスタート。その瞬間、会場全体にピンク色の花が咲きます。会場全体をリウムで染めるといえば、感動のAice5ライブが思い出されます。しかし、会場全体がピンク色に染まるのは、ゆかり王国ではいつものこと。僕はライブレポートのサブタイトルに「武道館、桜満開。」みたいなサブタイトルを考えていたのですが、“シングル「勇気をください」から11年、個人名義の公式デビューシングル「summer melody」から7年、ついに武道館のステージへ”…みたいな設定・感傷は、MCの第一声で吹き飛んでしまいました。

「ライブハウス武道館へようこそ!!」

 これは言わずとしれたBOOWYの伝説の名言です。すぐに後ろを向いててれてれになってしまうところがいかにも、ですが。そのあと「ゆかり武道館でやることになってから、DVDいっぱい見たの。あの……………ポルノ、グラフティ、とか? それでね、ライブ見てたら、みんな“ぶどうかーん!!”て言うの。でもゆかりそういうのどこで言ったらいいかわからないから。ライブ中、感極まったら「ぶどうかーん!!」て言うから、そしたらみんな大笑いしてね。みんなゆかりのこと笑いに来たんでしょ!?」みたいな感じで続くんですが。これではもう、「武道館」を過剰に意識している方が馬鹿みたいです。しかし田村ゆかりさんが本当にすごいのは、これだけ前ふりをして、結局最後まで「ぶどうかーん!」を一度もやらなかったことだと思います。

 しかしこの“ライブハウス武道館”という単語。意外に深い。今日のライブはとても楽しく、いや本当に楽しくて、“特別”や“感動”といった言葉とはわりと無縁でした。なんせ、MCのテーマに「昨日PSPのモンハン買って、攻略本を、大きいビギナー向けにするか辞書みたいなのにするか迷った」みたいな話を選ぶぐらいですから。そこにあるのは田村ゆかりのライブの「日常」そのもの。ちょっと物販が5時間待ちぐらい並んだりはしますが、気負わないライブを初武道館でできるようなアーティストが、どれぐらいいるでしょうか。少なくとも僕は武道館のステージで「早く帰ってモンハンやりたいなんて思ってないよ?」なんて言える人を他には知りません(笑)。「2階の南西U-12の人だけめろーん!」→空席→ステージ上でリアルorz→もう一回コール、の一連のムーブには、達人の洗練を見ました(言いすぎ)。もっとも、客席の女の子にもらい泣きしそうなところとかもありましたし、ああいうテンションやトークも照れ隠しなのでしょうね。

 もちろん、武道館ならではのメリットもありました。それは、ステージセットやダンサーさん、衣装、特効などに潤沢な予算が使えることです。今回が初ライブの友人が「あの衣装はメイド?」と聞くので「あれはパティシエールだよ(※「お気に召すまま」の時の衣装)」と答えたぐらい衣装チェンジが頻繁でしたし、ダンサーズがゆかりんにきらびやかな布地をかけると、いつの間にかゆかりんが消えている! のような演出も。中でも圧巻だったのは、花道先端中央に立つと、スルスルスル…と床が競りあがっていって、7メートルの高さから「高いところから失礼します」なんて一幕もありました。正直あの演出は心臓に悪くて、早く無事に降りてくれ、とばかり思ってしまったのですが。

 アルバム「十六夜の月、カナリアの恋」収録を中心に定番曲を織り交ぜて、あっという間の3時間。Princess RoseやQTがセットリストからこぼれるとは思いませんでした。しかし、今回の目玉はなんと言っても“夢とファンタジーの国「ゆかり王国」の姫、ゆかり姫が5歳の時にお歌いあそばされた伝説の国歌”こと「めろ~んのテーマ~ゆかり王国国歌~」でしょう。事前には桃色メイツから、ダンスの振り付けを指導される念の入れよう。この振り付けはもろにオタ芸を意識した感じで、思わず苦笑してしまったんですが、声優ファンに複雑な踊りをやらせようとすると大抵ひさんなことになるので、これは正解? ただ、「頭の周りで手を打ち鳴らしながら、左右に3回転ずつ」とかは、武道館2階でやることではないですね。とはいえ回りながらこの曲を聞いてると、なんだか考えるのがどうでもよくなってきました。これは良いボイスドラッグです。

 今回のライブは、実はライブ自体が初経験、田村さんのこともあまり知らない友人を連れて行きました。王国の外に人にはどう映るのかに興味があったのですが、予備知識のない彼も十分に楽しんでくれたようです。僕を含めた周囲が、曲によってイントロが始まった瞬間にテンションがハネ上がることには温度差を感じたようですが。やはり、偏見を持たないタイプの人にとっては、サイリウムを持ってリズムをとったり、PPPHをしてみたり、といった行為自体が、かなり楽しいようです。一方、流石に武道館クラスになると、「客席の一糸乱れた統制」とまでは言えない感じになりますし、僕個人は多少、PPPHを乱発しすぎかな? という気がしました。とはいえ、田村ゆかりライブが、客席も含めたエンターテイメントとして、かなり完成の域に近い上質なものであることを、改めて感じさせられる一日でした。声優ライブのコールなどには賛否両論ある昨今ですが、スクリーンに映し出される映像や、炎、照明などの効果演出が、客席からのコールと完全に連動している空間で、コールの是非を論議する、なんてのは野暮以前の話になってしまいそうです。

 やはり、重要なのは「客席の統一性」で、みんなが同じ方向を向いていることが大事なんでしょうね。しかし、そうした客席の空気、卓越したグダグダトーク(それが抜群に面白い)といい、田村ゆかりに代わる人というのは、今後も出てきそうにない気がします。優れた歌唱力と天性の声質、驚くほどの頭の回転といった要素の壮大な無駄遣い。だがそれがいい。こういうタイプの人は、「声優アイドルになりたい」が出発点の今の声優志望者からは、生まれないような気がします。
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2008/03/28 23:59 | Comments(0) | TrackBack() | 雑記(アニメ系)
東京国際アニメフェア2008 小ネタ雑想集
 東京国際アニメフェア2008、ビジネスデー初日に行って参りました。会場全体をカバーしてのレポとかはちょっと無理なので、僕が適当にうろうろして個人的に思ったこと、感じたことをつらつらと羅列してみます。週末に会場に行かれる方は、なんとなく読んで、当日ニヤニヤしたり、しなかったりしてもらえると幸いです。

○国際展示場駅着
 「コミケの売り上げで社員のボーナスを払う」なんて都市伝説もあるTWR。イベントごとでの小銭稼ぎに今回も余念がありません。エスカレーターでは『鉄腕バーディ』『河童のクゥと夏休み』『ヴァンパイア騎士』『ひだまりスケッチ×365』のポスター群を確認。どうやら大崎側のエスカレーターは、アニプレックスが丸ごと抑えたようです。改札階の吹き抜けの天井に吊るされた4枚のタペストリー型広告スペースは、メディアファクトリーの『ソウルイーター』でした。メディアファクトリーはブースでも『ソウルイーター』にかなり力を入れている様子です。が、僕は「違うだろメディファク、お前の進む道は乳・尻・パンツだろ! かのこんや一騎当千を吊るせよ!」と思いました。ちなみにメディファクブースのブースイベントは、『かのこん』の能登川澄トークショー、『ゼロ使』の日野夫妻公録、一騎当千の浅野生天目公録と、お好きな人にはたまらない内容です。

○開場シミュレーション
 早朝に並んで開場後会場に入ったら、整理券配布にすっとんでいきましょう。メインステージに本命イベントがある人は、まずはそこに突撃です。ただし、メインステージ1・2は、整理券がなくても後ろからなら結構見れるので、命かけてる人以外は枠の少ないブースイベントが優先かな? ぽにきゃんブースやメディファクブースは手強そうですね。文化放送A&Gは、座席数が30と異様に少ないので、土曜日の「小杉十郎太・野中藍 酒とバラの日々」や「癒されBar 若本」あたりは、開幕ダッシュが必要かもです。ま、壁際なので結構取り巻いて見れそうですが。逆にねらい目はavexブース。2000円商品を買わないと整理券がもらえないので、他のブースのように瞬殺されることはないでしょう。avexブースは、「世界&言葉様シングルベットスーツ(10000円・サイン付)」や、「裏面政さん抱き枕カバー」の売り上げにも注目です。

○コスプレとかかぶりもの
 グレンラガンブースのヨーコsは、クオリティ高いけどちょっと飽きたかも。ワンフェスと同じお姉さんたちです。天才?Dr.ハマックス(濱口)の着ぐるみクオリティの低さに失笑していたら、目の前を有野課長が通っていって激しく動揺。嬉しい。ルフィやタママなど子供向けもいっぱい歩いていて楽しいです。東映のゲゲゲの鬼太郎ステージはさりげなく今野宏美さんが出るのが、声オタ的には穴場かも。大人向けのコスプレは……んー、正直「無難なコンパニオンさん」と「個人のコスプレイヤーレベル」のところが多い、気がします。そんな中、是非見てほしいのがタカラトミー・タツノコのブース。ドロンジョ様のコスチュームを三次元のコンパニオンさんが着用すると、なんだろう。とてもいいです。

○目についたムービー類
 ジェネオンの「仮面のメイドガイ」のムービー。女人に対し、メイドガイがエロ無法の限りを尽くします。声は小山力也さんです。力也何やってるの! フォークが、フォークが! という気持ちになります。新境地。力ちゃんはソウルイーターだったかな? 他のムービーにも出てます。ムービーではないですが、『鉄腕バーディ』のビジュアルは、ゆうきまさみ絵を随分変えてきたので驚きというか新鮮というか。千葉紗子さんだし見ようかと。

○個人的に目に付いた色々
 ディズニーブースからグッドスマイルカンパニーブースに移動すると、造形のデジャブが味わえます。燃え燃えにしてやんよ。フジテレビアニメカジノ。何がと言われても困りますが、何か絶対に間違っています。学生さんがアテレコ実演をしているブース。暇つぶしに聞いてみると、キャラが立っていて演技もなかなかな娘さんもいれば、声が大きいだけでちょっと聞くのがつらい人もいます。ちょっといいかな? と思った人はやっぱり主演で、耳が痛い人はちょい役です。学生の頃からセレクションは始まっているのですね。プロダクションI.GとXEBECとマッグガーデンが合同ブースを出してるのに違和感がありますが、よく考えるとアイジーが持ち株会社化して今は同一グループなんでしたね。豆知識。あと、会場を歩いていて、なんとなく「これからは戸松遥の時代だね」という声が聞こえた気がしました。かなりのプッシュ。ブロッコリーがなんだか元気がなくて、ついに完全にTCGブースになったブシロードが元気そうです。

○東京国際アニメフェア全体を見て
 ビッグサイト1~3ホールに移動して、若干スケールダウン。去年はアニメアワードの授賞式があったのに、今年はないみたい。大間違い。TAFは去年もビッグサイトでした。そして授賞式は規模を縮小して行われるようです。なんとなく、東京都がちょっとやる気をなくしているオーラを感じなくもないです。今年はショッパー(紙袋)を馬鹿みたいに配っています。グレンラガンブースで無料ジュース・無料コーヒーが飲めます。無料配布のCCレモンは爆発しました。罠です。

○今年の総括・一番ショックだったこと
 文化放送A&Gカレンダーのサンプルが展示されていたのですが、巫女装束の浅野さんが、表情を含めてものすごくかわいいと思ってしまいました。普通に。なんだろう、野良犬に陵辱されたような気分です。いい意味で、もちろんいい意味で!


2008/03/27 23:59 | Comments(1) | TrackBack() | 雑記(アニメ系)
『アイドルマスターrelations』という奇跡
 アニメやゲームのコミカライズという作業は、本当に難しいものだと思います。コミック原作をアニメ化する場合と比べて、逆方向…アニメ作品のコミカライズには、どこか違和感がつきまとう事が多いです。原作のクオリティをほとんど損なわず、コミックとしての付加価値をつけた例としては、僕の場合はコミック版『真月譚月姫』などが思い浮かびます。が、それが稀有な例であることは間違いないと思います。

 なぜ、アニメーションのコミック化は難しいのでしょうか。それは、まずメディアが持つ情報量の差があります。アニメーションやキャラクター性の強いゲームは、「映像(動画)」「音声」「音楽」といった、多彩な視覚・聴覚に与える情報を持っています。一方、コミックは誌面とコマのサイズに限定された単色静止画の視覚情報だけでそれを再現しなければいけません。さらに、他メディアからのコミック化は、月刊誌を媒体にすることが多いため、ページ数にもかなりの制限があります。その中で原作のストーリーを消化しつつ良さを出すためには、相当量の切り捨て・洗練によるシェイプアップが必要なわけです。小説の場合は、情景や心情の核になる部分をテキストで記述し、残りは読者の脳の中の想像で保管するという、場合によっては動画を超える処理が可能になりますから、コミック化というのはひょっとしたら、もっとも匙加減が難しい繊細な作業といえるかもしれません。

 『アイドルマスター』という作品は、ファンの強い思い入れにもかかわらず、アニメ化には向かない作品だと僕は考えていました。いわゆるアイドルアニメが2000年以降ありふれているから……という理由ももちろんあるのですが、一番大きいのは、『アイドルマスター』には、幹となるストーリーがないからです。『アイドルマスター』に、一貫したストーリーはなく、唯一の例外は、Xbox360で登場した星井美希の裏ルートだけだと思われます。

 アイマスにはちゃんと素晴らしいストーリーがある、と憤る方もいると思うのですが、アイマスにおいて固定で用意されているストーリーは「出会い」と各EDの「別れ、もしくは新たなるスタート」だけです。それ以外には無数の個別のエピソードとオーディションが散りばめられているだけで、どんなエピソードを経験して、どんなエンディングを迎えるのかは、プレイヤーに委ねられています。無数の選択、勝敗と、プレイヤーの思い入れ・スキルによって、2つとないアイドルの「人生」が紡がれていく。それが『アイドルマスター』の本質であり、その意味でアイマスに「決まったストーリーはない」のです。どれかひとつの道、キャラクターに焦点を当て、公式の道を示してしまったら、それはもう、『アイドルマスター』ではない。だから納得のできる形での原作のままのアニメ化は難しいだろう……と、僕は考えていました。

 しかし、そこに意外な答を見出したのが、上田夢人さんの『アイドルマスターrelations』でした。プロデューサー(プレイヤー)一人一人に違った世界・人生があるから、アイマスに正解を出すことはできない。それなら、ある一人のプロデューサーの中にある世界を、そのまま提示すればいい。その人が作品に対する愛情と理解、相応の構成力を持っていれば、十分に観賞に耐える作品が出来上がる……そうして生まれたのが『アイドルマスターrelations』だと思うのです。

 “客観表現”として、10人のアイドルたちをなるべく分け隔てなく扱おうとしたら、どうなるでしょうか。『アイドルマスター XENOGLOSSIA』の中にひとつの答があります。千早や雪歩が別陣営に行ったり、あずさがOGという立ち位置になったり。物語の構造上、ひとつの陣営で割り振れるパートが限られているのなら、他の役柄を与えて登場機会を確保しよう。端役をなるべく作らないことで、ファンの不満を軽減するひとつの処方です。これがいわゆるスターシステムのやり方で、『XENOGLOSSIA』のオリジナルキャラクターたちは、あくまでも脇役であることが宿命付けられています。一方、『アイドルマスターrelations』では、なんと覇王エンジェル(東豪寺麗華、朝比奈りん、三条ともみ)、佐野美心というオリジナルキャラを、主人公たちのライバル役という重要な位置に置いています。作品における役どころという意味では、あずささんよりも東豪寺の方が明らかにウェイトが上です。それなのに何故、読後、読者に不満が残らないのでしょうか。

 それは、『アイドルマスターrelations』が、765プロの人間のつながり・関係性と、各キャラクターの性格・ありようの根っこにある部分を、絶対に守るべく考え抜いた痕跡が随所にあるからです。

 まず、ストーリー性の強い作品にする場合、物語には主人公が必要です。現行のアイマスの場合、違和感なくセンターに立つことが許されるのは、おそらく春香か美希だけでしょう。最初に事務所で運命の少女として出会う? 春香はその初心者向けキャラクターとしての位置づけもあいまって、真ん中にいることが前提にありますし、Xbox360から登場した美希が「新人・後輩」として真ん中に来るのもまた自然です。いつだって主人公は最後にやってくるのが定番ですから。ただ、春香には「何色にも染まりやすいニュートラルな存在」という原点がありますから、キャラクターとしての濃度が若干弱い。主人公が美希になることは、ある意味必然なんですね。しかし、そこからが難しい。アイドルによって登場頻度や活躍に極端に差があることは、前述したとおり普通は抵抗があるものです。

 しかしここで発想を、アーケードプロデューサーとしての原点(※上田さんはアケ版コアユーザーだから)に戻してみましょう。アイドルたちの過ごす人生、一緒に過ごした思い出は、ファーストプロデュースでのランクF引退と、ランクSで記録を残したユニットで価値が違うものでしょうか。場合によっては、新人アイドルとして去っていったあの子たちの方が、ずっと鮮烈に貴方の胸に残っていませんか。本当にキャラクターの人生を平等に愛するなら、どの程度ブレイクしているか、出番の多寡というのは、そう大きな問題ではないのです。自分の愛するキャラクターたちが、自分たちが知り、望むままにそこに息づいていてほしい。それが僕らの一番大きな望みではないでしょうか。それなら、あとは「彼女たちが一番輝く瞬間」を考えながら、立場のキャスティングを考えていけばいいのです。

 やよいファンとして考えてみる。トップアイドルになったやよいが幸せになるのは素敵だ。でも、765プロのおそうじしながら、弟たちにもやしや特売品でおいしいもの食べさせようと工夫してるやよいの方が、やよいの「本質」にはより近いんじゃなかろうか。千早ファンの僕から見て、デレ期に入った千早は確かに魅力。でも、キャラクターとして一番美しいのは、内に脆さを抱えながら、歌だけを頼りに生きる孤高の少女の時なんじゃないかな、などなど。そうやって考えていくと、やよいや亜美真美がFランクで、千早がスーパーアイドルというのは単なる「適材適所」に思えてきます。真はダンスを教えてくれる先輩で、律子は補佐的ポジションの頼れるお姉さん。春香にはラジオ番組のパーソナリティという立ち位置が与えられています。それぞれのポジションは変わっています。しかし、それぞれのキャラクターが持つ特性・イメージ・パーソナリティ……それらは、ほとんど損なわれていないのです。

 そう考えていくと、覇王エンジェルが担当するポジションは、メイン級ではあるものの、アイドル物では欠かせない“汚れ役”です。ライバル事務所はおいしい立ち位置ですが、そこにメインキャラクターを割り振ろうとしたら、「プロデューサーとアイドルの誰かの関係を誤解してしまい、些細なすれ違いの繰り返しの心の隙間に漬け込まれ、暗黒面に堕ちた春香」とか、「家族の借金を返すためには資金力のあるプロダクションの強引な契約に判を押さざるをえなかったやよい」とか、何かしらの力技が必要です。そうやってキャラクターの笑顔に影を落としてまで、出番や役どころだけを大きくしても仕方がないのです。それなら、汚れどころには思い切ってオリキャラを配置してしまえばいい。アーケード版から、最も印象深いユニット名を引っ張ってきてアイマスとリンクさせるところが心憎いです。

 それともうひとつ大きな要素として、コミックでしか描けないもの……アイドルたち10人の、「765プロの仲間たち」としての関わり合い、というものがあります。既存のコンテンツでも「アイドラ」や「ドラマCD」などでそうした情景は描かれていますが、それらはあくまでも「番外編」でしかありません。本編がゲーム中にある以上、それらは枝のワンエピソードであり、幹にはなりえないのです。トリオユニットであっても、最終的な関係性は本命とプロデューサーの1on1に収束していきますから、アイドルたち同士、特に4人以上の人間模様は、これまでプレイヤーの想像力に委ねられていた部分でした。そこを描き出すためには、メインキャラクターたちは、たとえトップに立った千早であっても、「765プロ」の一員でなければならないのです(ストーリー的なパーツだけで考えれば、千早は大手事務所に移籍していたほうが、収まりがいいはずです。)。

 そうした幸せな場所としての765プロの風景を考える上で、小鳥さん、あずささん、律子らの持つ役割は大きいといえるでしょう。ここまでの文脈としてあずささんの示す役割が大きくないように見えたかもしれませんが、あずささんは「アイドルとしての立ち位置」に拘束されないキャラクターです。最終的な着地点である「プロデューサーさんとの幸せな未来」が物語上達成できないのであれば、FランクだろうがSランクだろうがあずささんの本質は変わらないんですね。それなら、そうした価値からは離れたところで、道に迷ったり、暗い情景をあらあらうふふと和ませ、明るくする765プロの太陽としての位置づけのほうが、ずっと重要なわけです。唯一、美希の同僚となる雪歩と伊織に関しては、かなり「上田先生の中にある雪歩・伊織像」の方に引っ張られている気がするのですが、その思い入れに根ざした「完全な移植を目指しただけではない人間味」もまた、いいスパイスとして機能してるのかな、と。

 そうした功名かつ絶妙なバランシングは、なかなか理屈でできるものではありません。単に、プロデューサーとしての上田夢人さんにとって、もっとも心地よく感じられるアイドルたちの関係性を世界として構築してしまった、というように僕には思えるのです。「世界や物語に合わせてキャラクターの立ち位置を変える」のではなく「キャラクターがそのキャラクターであるために、必要なように世界を組み替える」という作業は、一プロデューサーとして作品とキャラクターをとことん愛している人にしかできなかったのではないでしょうか。

 765プロという空間とアイドルたちができあがってしまえば、あとは物語として綴る上で、最小限必要なNPCたちを原作ゲームから拾い出し、膨らましていく作業です。この過程で、「社長」や「審査員たち」という、構成を頻雑にする重要NPCたちを現時点ではバッサリと切り捨てているのも、コミック化に要する省略の重要性の点では興味深いです。社長やダンス審査員は大人気ですが、考えてみれば彼らは「切り捨てたとしても物語上の不備は生まれない」からこそ「影」として描かれているのですから。徳丸完さんの声を伴わない社長が、本当に必要か? そこで「NO」の判断を下せる冷徹な決断も、コミックを名作たらしめるために必要な能力なんだと思います。

 これだけ練りこまれた世界と役割分担なら、十分にアニメ化は可能だと思うんですが……大人の事情もあるでしょうし、なかなか実現は大変かもしれません。でもこの設定をベースに、ドラマCD版の覇王エンジェル、今野宏美さん、阿澄佳奈さん、茅原実里さんを加えたキャストでのアニメを妄想してみたり。佐野美心は、あの立ち位置、歌唱力はアイドル神クラスなんだけど慰問で演歌を歌っててとかだとやっぱ水樹奈々さんしかないんじゃね、とか。そういう「僕の大好きなものを全部お皿に乗せてみました」的な番組とか、商品展開とかを妄想するだけでもとても楽しくて。そういう素材を提供してくれた上田先生には本当に感謝だなと、思うわけです。

 実際のビジネス上のフォーマットで、今後のアイマスがどのような展開を見せるのかはわかりません。しかし、コミック版『relations』を名作たらしめているのは、結局のところ作り手の作品とキャラクターに対する大きな大きな愛情と思い入れであるということは、大きな指針になるのではないでしょうか。そうした原点は、ビジネスとしての規模が大きくなり、関わる人が増えるほど零れ落ちていきやすいものですから。僕らは忘れないし、作り手にも忘れないでほしいと、そう思います。

2008/03/25 23:59 | Comments(4) | TrackBack() | アイドルマスター

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