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2026/01/21 18:49 |
ヤッターマンの客観的な批評を放棄します。
 話題のヤッターマン平成版、もちろんリアルタイムでチェックしました。そしてテキストを書く身としては恥ずかしいことなんですが、今作に関してはニュートラルな立場からの論評を放棄します。というのもですね、ゴールデンタイム、それもこれだけ世の中の話題になる作品のキャストロールのトップに、「伊藤静」と「たかはし智秋」の名前がある時点で感無量といいますか。もう嬉しくて嬉しくて、それだけで幸せな気分になってしまうのですよ。よっちんに関してはまぁアレがソレとして。

 その上で、旧作に幾らかの思い入れがある身として見ても、静さんのアイちゃんはとてもよいのではないかと思います。かわいらしさの中になまめかしさを感じる演技はいつもの伊藤静さんなのですが、今度の演技は、力みが取れているというか。素の伊藤静が一歩下がって、裏方としてアイちゃんを演じきろうとしている感じがして、芝居としては結構新境地なような気がします。智秋さんのオモッチャマにも、それほど違和感は感じませんでした。誰がやっても旧作と比較される作品だけに、「そんなに違和感ない」は十二分に評価できる内容だと思います。フリーになった智秋さんがゴールデンでこの役を掴んだのは、それだけ実力を買われたってことだと思います。うれしいなぁ。のぞみん役といい!? 今年は智秋さんの当たり年になりそうです。

 そしてキャストといえば三悪、そしてドクロベェ様のキャスト続行は本当に英断だと思います。旧ドラえもん声優が代替わりし、一昨年のアニメーション神戸や昨年の東京国際アニメフェアでは功労賞の常連だった小原さんやたてかべさんのお名前を、また最前線で見ることができるとは。実はアニメーション神戸のとき、僕の目の前にたてかべさんとドラえもんキャストの皆さんが座ってらして大変テンパったのを覚えています。しかし考えてみれば、「ヤッターマン」と「君ある」の両方で伊藤静さんとたてかべ和也さんが競演してるというのは、ある意味すごい話ですね。

 オープニングとエンディングに関しては、否定的な意見を持っている方が大半だと思います。まずEDに関してですが、これに関しては僕は、基本的に肯定的です。それは、月曜7時台枠のアニメ主題歌が、CDの販促媒体として機能することが慣例化しているからです。レコード会社はスポンサードする上で、一押しのアーティストの販促媒体になることは織り込み済みなのです。アニメ主題歌が視聴者、特にオタク層の手から離れていることに、僕なりの違和感、寂しさはありますが、それ以上に「今この時代、ゴールデンタイムのアニメーションにお金を出してくれる企業」のありがたさを忘れてはいけないとも思っています。ビジネスモデルとして成立している以上、そこに手を入れるのはなかなか難しい。その意味で、「とにかくOPはヤッターマンの歌で」というは、製作サイドとしてもギリギリのラインで原作に対して示した敬意なのではないかと。もちろん、そこに山本正之さんの強い意向が入っているのは間違いないと思いますが。

 OPのボーカルが世良公則、野村義男のユニットで、アレンジが変えられていることには、違和感、あるいは怒りを覚えている人が多いと思います。元のアレンジのまま、山本正之さんのボーカルでOPを制作した場合、旧作のファンは確かに満足すると思います。しかし、それが=商業的な成功を約束するかと言えば、そうとは言えないと思うのです。僕が頻繁に書くことですが、いわゆる一般視聴者層=ライト層は「オタク的な物が嫌い」なのではなく、「オタク的な物を楽しむ自分が、オタクのレッテルを貼られて排斥されることを病的に恐れる」と考えています。その意味で、懐かしく、いい意味で古い旧主題歌をそのまま持ってくるのではなく、癖のあるアレンジを加えることで「ダサいのが一周してカッコイイ」的な効果を狙ったのかなぁ、と。僕らは当然不満ですが、この部分でのマーケティングは、僕らを見てはいないでしょうから。

 敢えてドライな言い方をすれば、オタクは三悪とドクロベェ様が健在で、人気若手声優が加わり、全体的なテイストを維持すれば最終的についてくる。原理主義的な旧作ファンは、何をやったところで叩く。そういう判断なのかな、と。

 トータルして見た場合、平成版のヤッターマンは、十分に及第点を上げたと言えるでしょう。問題は、今後5話、10話と重ねる上で、視聴者のテンションを落とさず引っ張ることができるか。ある程度の回数を越えることができれば、偉大なるマンネリとしてさらに回を重ねるのも夢ではないと思います。
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2008/01/15 23:59 | Comments(7) | TrackBack() | 雑記(アニメ系)
Fate/Zeroの物語的制約(ギアス)
注 このテキストには『Fate/Zero』のネタバレが含まれる……というか、ネタバレしかないので、『Fate/Zero』第1巻~第4巻を通読後にご覧ください。

2008/01/07 23:59 | Comments(0) | TrackBack() | 雑記(小説・コミック)
任天堂の憂鬱Ⅰ
 年末商戦を終えて、据え置きハードに関しては、大きな動きはなさそうです。北米ではWiiとXbox 360の二強、国内では独走するWiiをPS3が追いかける……という構図に目に見える変化はありません。一方、携帯ゲーム分野には大きな動きがありました。新型発売に伴う、PSPの大躍進です。600万~700万台とも言われる国内PSP市場。2000万台を越えているDS市場と比べて「負けている」という表現が多かったPSPですが、現在は「第二位の市場を確保した」というのが正しいでしょう。プレイステーション全盛時代も、任天堂がハードごとの営業黒字を保っていたように、PSPもまた、「負けずに踏みとどまる」だけの市場を確保したといっていいでしょう。

 少なくとも、オタク業界に身を置いている人なら、2007年、特にその後半に、PSPがそのプレゼンスを増していることを否定する人はいないでしょう。久夛良木前SCE会長の独特の感性に基づく発言に対する反感もあり、オタク界では「親任天堂、反ソニー」的感情がかなり大きな勢力を持っていました。実際、僕も「どのハードメーカーを応援する?」と問われれば、セガ無き今は任天堂を推していました。しかし、DSとWiiが主流の世の中になって、ふと気がついたのです。「僕は任天堂を好きだが、任天堂は自分を見てゲームを作っていない」ということに。任天堂頑張れというスタンスはとっていたものの、じゃあ実際に僕が買った次世代機は何かといえばXbox 360なのです(流石に、DSはないと仕事にならないので持ってますが)。

 DSがユーザー層を広げた結果、グラフィックやボイスを求めるユーザーはいなくなってしまったのでしょうか? そんなことはありません。僕らは「グラフィックを追求する姿勢」を否定したのではなく、「60000円のゲーム機」をひとまず見送ったのです。値下げしてもユーザーは動かないではないか、という向きもあるかもしれませんが、一旦負けハードの印象がついたゲーム機にユーザーが冷淡なのは、前世紀から変わりません。スクウェア・エニックスが重すぎる腰を上げるまでは、ユーザーに大きな動きはないと思います。そんな中、グラフィックやボイスだって求める既存のゲーマーたち、そして「Wii的な」ゲーム作りにはやや馴染まないメーカーが参集しつつあるのが、今のPSPだと思います。

 技術屋であるところの久夛良木前会長は、PSPがDSに勝利することを、本気で疑っていなかったと思います。当然です、タッチパネル以外のほぼ全てのハードウェア的な機能で、PSPはDSの上を行っているのですから。ですが実際にはDSは爆発的なシェアを握り、PSPは一旦、負けハードとしてポジションに陥りかけました。これは結局のところ、ハード開発に注力するあまり、ソフトウェア面に関しては「PS2と同じことがPSPでもできる」以上の何かを提示できなかったことが原因だと思います。しかしここに来て、PSPが再浮上してきたのは、ユーザーからの「確かにグラフィックばっかりで中身がスカスカのゲームは困るけど、グラフィックやボイスだって俺たちはほしいんだよ」という声無きメッセージだと思います。

 ここで視点を入れ替えて、任天堂の側から見てみましょう。一人勝ちとも言われる任天堂ハードの強みは何かと考えれば、「圧倒的なシェア」と、「自らが最強のソフトメーカーである任天堂が供給するソフトウェア」だと思います。では、弱点……いえ、制約とはなんでしょうか? それは、「DSが手に入れてしまった圧倒的なシェアそのもの」だというのが、僕の考えです。

 前述したとおり、DSは「シェアや任天堂のソフトウェア、ブランド」を抜きに考えると、PSPよりは性能面で一歩劣るハードです。それでは任天堂が、性能を向上した携帯ハードを出せないのか……と考えると、答は「技術的にはいつだって出せる」だと思います。しかし、実際には出せない。それは、DSがあまりにも普及した、国民機になってしまったからです。かつて、任天堂はファミコンで一世を風靡しました。その次世代、スーパーファミコンでもゲーム界を制覇しました。しかし、その次は? 結果は皆さんご存知の通りです。DSブームというのはこれまで誰も経験のしたことのないユーザー層を相手にしたヒットであり、たとえばより性能が上の「DS2」や「GBA2」を市場投入して、それに現在のユーザーがついてくる保障はどこにもないのです。ですから、任天堂にとっての最適戦略は、可能な限り現在のDS市場を引き伸ばすこと。そのためには、「美麗なグラフィックはゲーム性とは関係ない」と言わざるを得ないのではないでしょうか。

 現在の市場を引き継いだまま、上位機に移行できるなら、任天堂だって喜んでするはずです。しかし、そこには小さくとも、転落の可能性があります。そして、任天堂には、未だかつての転落の記憶の爪痕が、はっきりと残っているでしょう。どれだけ支配的なシェアをとったハードでも、いずれ最前線を走れなくなるのは、プレイステーション2の現状を見ても明らかです。しかし、いよいよもう保たない、という時が来るまでは、任天堂は「ええ、まったく問題ありませんが何か?」とニコニコしながら、創意工夫を搾り出して、新しいソフトを供給し続けるでしょう。それは、決して楽でも安泰なことでもないでしょう。今後には、知育ソフトで入ってきたユーザーを、ゲーマーとして定着させるという難事業が待っているのですから。

 他方、日本のゲーム業界の競争力という視点で見れば、現状はあまりよろしくないと思います。任天堂はDSとWiiというミドルクラスのハードで頑張り、任天堂に乗り切れないメーカーは、PSPとPS2で時間稼ぎをしている状況です。しかし、こうした「足踏み」の間に、米国ではPCゲームとXbox 360を中心としたハイスペックな次世代ゲームの技術的蓄積が進んでいます。現状は「欧米的な技術力」と「日本(任天堂)の発想力」という形でなんとか勝負が出来ています。アメリカ人の好むジャンルは偏ってますしね。しかし、5年後、10年後……はっと気がついたとき、彼我の戦力差は埋めがたいものになっているのではないか、という漠然とした不安があります。発想力は「個人のヘッドハンティング」で埋めることができますが、企業としての基礎開発力はそうはいかないからです。

 ならどうすればいいのか、という処方は、残念ながら出せません。正直、「どうしようもないんじゃないか」とも思います。ああほんと。Xbox 360がもうちょっと売れてくれればなぁ。

2008/01/04 23:42 | Comments(5) | TrackBack() | 雑記(ゲーム系)

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