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2026/01/22 00:59 |
ヤンデレ殺し
 2007年も末を迎え、今年一番流行した新属性といえば、ツレンデでもソレンデでもなく、ヤンデレだと思います。よっぴー、我妻由乃、壊れたまーちゃん、言葉様と枚挙に暇のないヤンデレさんたちですが、個人的な元祖ヤンデレヒロインは有馬@カレカノです。

 さて、一世を風靡したヤンデレですが、そもそも“ヤンデレ”という属性は何故生まれたのでしょうか。僕は、「登場するキャラクターが、何故かみんな俺のことを好きになる」という、ギャルゲ・エロゲの基本構造に端を発しているのではないか、と考えています。通常、好きな女の子、かわいい女の子が自分に好意を持ってくれるというのは、特別な、嬉しいシチュエーションです。しかし、世にあふれる“ギャルゲ的なもの”において、ヒロインが自分を好きになるということは、もはや極めて普通なことなのです。『狼と香辛料』では“どんなに楽しく、幸せな状況も、慣れると感性が鈍磨し、輝かしい時間は失われる”という事に対する不安と恐怖が描かれています。絶対的に都合のいい擬似恋愛を繰り返した結果、僕らは徐々に、不感症になっているのです。

 ですから、そこにスパイスとして、「全校生徒の憧れであり、自分の手が届かないはずの」相手や、「日頃何かと自分に突っかかってきたり、クールだったり」、「血や戸籍上の繋がりがあり、本来は許されない関係だったり」、「他の人のものだったり」、「相手は人間ではなかったり」といったハードルを設定し、そのハードルを乗り越える困難さ・達成感を、キャラクターから主人公に対する思慕に説得力を与える材料にしているのだと思います。しかし、そうした設定も繰り返されるにつれパターン化(王道化)し、やがては新鮮さと希求力を失っていきます。

 また、僕が好んでフレーズを引用する歌に天地無用の「恋愛の才能」があります。

“わかってるの キミの気持ち わたしだって同じたけど
「恋人」と 呼ばれたとき もうそれは恋じゃないのよ”

 基本的に少年漫画における恋愛の要素が全部詰まってる歌だと思うのですが、想いを伝えて、それが受け入れられた時点で、基本的にドラマとしての物語は完結してしまい、そこからは幸福な(つまらない)日常が繰り返されるだけなんですね。では、ヒロインがみんな主人公が好きなギャルゲーではどのようにこの問題に対処しているかといえば、「主人公は異常に鈍感」という解決法がとられ、プレイヤーにストレスを与え続けているわけです。そこに登場した新たな方法論が、“ヤンデレ”なのではないでしょうか。

 ヤンデレキャラクターの多くは、主人公に対して異様な執着と愛を持っています。しかし、行き過ぎた想いが、主人公にとって重かったり、主人公を拘束したり、主人公に身体的な害を与えたりするわけです。こうした主人公に対する負荷は、物語の種になります。ところが、“ヤンデレ”においては、プレイヤーにストレスを与えると同時に、「こんなに常軌を逸するほど、この娘は自分が好きなんだ」という、薄暗い満足を与えてくれるんですね。「彼女が俺のことを好き」の向こうにさらにドラマを用意しつつ、不感症気味のプレイヤーに対しても、愛されている実感を与えるという、コロンブスの卵的解決と言えるでしょう。それは、主人公をとりあえず好きになる類型的なキャラクター造型・物語に対するアンチテーゼでもあります。

 しかし、アンチテーゼとして、驚きと新鮮さを企図した筈の“ヤンデレ”は、今急速にその意味と、ポジションを解体されつつあります。見つけ出すのではなく、受容することを“萌え”の基本とする現代のオタク界においては、もはやヤンデレは「流行っているからとりあえず乗っかっておこう」という種類のものになりつつあります。ヤンデレが好みか以前に、「ヤンデレが好きと言っておけば、なんだかわかっているオタク風だし」的なね。結構オタク界ってのは「同調圧力」と「知識・趣味思考の階層意識」があって、流行っているものに乗っからないスタンスをとるのは、意外と怖く、抵抗があるんですね。

 趣味の共有や、“自分が好きなものを相手も気に入ってくれる”というのは、オタクに限らず嬉しいことです。しかし、僕らがヤンデレの素晴らしさを訴え、広めようとするほど、ヤンデレのもつ衝撃性は薄れ、後には“お約束”と“属性”という形に解体されたヤンデレが残る……というのが、2007年末の状況だと思います。語り手たちがヤンデレを愛すれば愛するほど、その素晴らしさを熱く語ってメジャーになるほど、裏道・変化球としての“ヤンデレ”はその意味を喪失していく……この、本来ポジティブな気持ちが、対象にとって皮肉にもマイナスに作用するって状況は、ある意味“ヤンデレ”的だなぁと思う次第です。
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2007/12/26 13:46 | Comments(4) | TrackBack() | 雑記(ゲーム系)
男性、女性が声優(偶像)に求めるものの違い
 仕事柄、女性ファンが多いアニメやゲームのイベントなどに行くことも多くあります。最近だと『BLEACH』の劇場版公開関係が多いですね。そうした場でよく感じるのが、男性・女性の声優ファンの、声優に対するスタンスの違いです。あくまでざっくりとした印象ですが、男性ファンは女性声優“本人”に対して熱狂的な声援を送るのに対し、女性ファンは“好きなキャラクター”の向こう側に、演じる声優を見て熱狂しているように感じます。一番わかりやすいのは、ステージ上のスクリーンに、キャラクターが投影されたときに悲鳴が上がるのが女性ファンで、演じる本人の登場、または影ナレなどで声が聞こえて声援が上がるのが男性ファン、というところです。

 最初にキャラクターが好きになり、それを演じている声優も好きになる……という構図自体は、男女共に変わらないと思います。しかし男性ファンの場合は、その最初のステップが短く、早い時期からラジオやblogなどの媒体を通して演じている声優そのものが好きになり、逆にその声優が出ているから作品を見る……という形が多いのではないでしょうか。最近は女性向けの、男性声優の個性を前面に出したラジオも増えてきましたが、やはりそのジャンルでは女性声優→男性ファン、という形が未だ主流です。

 こうした「キャラクターイメージの投影」が関係していると思うのですが、いわゆるアイドル扱いされる声優さんに関して、年齢や容姿などの外形的なハードルは、おそらく女性のアイドル声優より男性のほうが低いように思います。もちろん、年齢を問わずかっこいい人も多いんですが、まず最優先されるのは「甘い声、渋い声」といった、声質と芝居のスキルではないでしょうか。これは、女性向けとされる作品(BL含む)が、ドラマCDなどの音媒体を中心に展開されてきたことと無関係ではないでしょう。30代、40代、50代になっても現役で黄色い声援を受けられるのが男性声優です。

 そして多くの男性声優は、生身の本人に関しても、「ものすごくかっこいい扱いをされる」ことが多く、人気のある男性声優が登場すると、会場は悲鳴にも似た歓声に包まれます。ただ、その時の扱いって、容姿とはそれほど比例してないような気がするんです。美形キャラクターを演じていて、声質がかっこよくて、キャラクターイメージを致命的に損なうほどの言動・容姿でなければ、基本的に「かっこいい!! 素敵!!」の扱いなんですね。流石に具体的に誰がどうとかは言いませんが^^; 面白いのは、人気のある男性声優は、そうした黄色い歓声を受けることに慣れているんですね。そうなるとちょっと軸がずれてきて、ファンは「失神せんばかりに素敵」と思っていて、本人もそうした反応を当たり前と感じ、自然な反応を返す……という関係性が成立しているのなら、もうその人はその世界において完全にイケメンなのじゃないかと(容姿の評価なんて相対的なものですし)。この、「本人よりもキャラクター」をつきつめると、“本人は女性なんだけど、男性的な人気がある”という形になると思います。

 年齢を重ねても、声と演技、パーソナリティをキープしていれば、ファンと演者の関係を維持できるというのは、うらやましいことです。ただ、声優本人に対して、キャラクター側からの色付けがされることはメリットばかりではなく、女性ファンの場合は、男性ファンには見られない“反転”現象があるように見受けられます。昨日まで熱狂的なファンだった人が、ある日、突然に本人に対して幻滅し、強烈なまでのアンチになる……というような形です。こういう大ファン→顔も見たくないほどのアンチといった、急激な反転は、男性ファンにはあまり見られないものだと思います。ピュアな分“幻想”というフィルターを通しており、そのフィルターが壊れたり、カバーしきれなくなったりすると、逆流した際の影響が大きいのではないでしょうか。

 男性ファンは、もう少し即物的というか。だんだんと興味がなくなり、次に出てきた若くてかわいい子に乗り換える……といった、ドライというか、正直な反応をする人も多いように思います。だからといって、以前好きだった声優さんは、いい思い出として別フォルダーに入ってるじゃないですか。その点、女性ファンには「なんであんなのが好きだったのかわからない」的な、過去否定をする人も結構いるのが興味深いところです。もちろん、誰もがそうというわけではなく、そうした傾向があるのではないか……という話でした。

2007/12/25 16:17 | Comments(7) | TrackBack() | 雑記(アニメ系)
必ず最後にオタク勝つ
エロゲーで泣くオタクが、ケータイ小説を嘲笑う」の続きになります。

●オタク(笑)vsスイーツ(笑)?
 前回の記事は結構反響が多かったのですが、反応としては「オタク」と「スイーツ」を対立構造として捉え、“オタクがスイーツ(笑)やケータイ小説を叩くというが、その前にあいつらはオタ的なものを叩いてたじゃん”“ラノベやエロゲをあざ笑ってた連中が、ケータイ小説みたいな物に飛びついてるんだから、笑いたくもなる”という反応が非常に多かったです。

(それ以外にCLANNADはエロゲじゃない、という指摘もあったのですが、この場合“ケータイ小説を罵倒する人の中での最上位のテキストが、エロゲーやラノベに類するものである”ことのサンプルなので、エロゲであるか、ないかはそれほど重要とは考えていません。今回のテキスト的な位置づけにおいては、AirやKanonと等質だからです。このあたりは、リトバス18禁版発売を例に挙げるまでも無く明瞭だと思います。)

 反論的なコメントとして挙げられたのは「先に殴ったのはあいつらだ」的なものが多く、僕の言葉で言い直せば、「抑圧されたオタクにとっての、自分たちを抑圧する“世間”の象徴がケータイ小説や韓流に飛びつく女性層・TBSなどのメディアであり、だからこそ、それらに対する批判・罵倒はヒートアップしやすい」となります。暴力的なDQN叩きが炎上しやすいのも同根かな。大分ニュアンスが変わって感じられると思うのですが、それは僕が、ここ1年~2年にオタク叩きのブームなんて“なかった”と考えているからです。

●オタク叩きはあったのか
 “オタク叩きブーム”として挙げられているのは、おそらく電車男以降のアキバブームに端を発する露出の増加でしょう。声優の歌番組出演では、意図的に観客のキモさを強調しようとする演出指導が入っていますし、バラエティでのオタ芸ネタ・ことさらに痛いオタクのさらしなども非常に多くあります。そんな中でもTBSはやはり別格で、「職業はコンビニバイト? ご立派ですねぇ」など、僕らの心を逆撫ですることに長けているようです。

 しかし、メディアにおける“オタク”の扱いは、ここ数年非常に好意的だ、というのが僕の考えです。オタクに対する世間の風当たりが一番強かったのがいつかと考えると、1989年頃だったと思います。当時、TBSの(またTBSか)女性アナウンサーがコミケ会場を指し、「皆さん、ご覧ください! ここに10万人の宮崎勤がいます!」と絶叫した話を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。当時、幼女連続殺人事件の犯人の自室からアニメやアイドル、ロリコン、プロレスなどに類する雑誌・ビデオなどが大量に発見されたこともあり、世間ではオタク=性犯罪者予備軍という見方が一般的でした。10万人の宮崎勤発言に関しては、ネットが普及していない頃なので検証が難しいですが、「そうした発言があってもおかしくはなく、また許容されうる時代」だったのです。

 1980年代から“オタク”的なものに対する世間の反応は冷たく、その状況は今日まで続いています。つまり、今現在10代~30代前半のオタクにとっては、オタクに対する世間の風当たりがキツいのは人生を通して日常的なものであり、一過性のブームではない、ということです。しかし、95年~97年頃のエヴァブーム、昨今の電車男ブーム、アニメパチスロブームなどを契機に、オタクに対する逆風は、かなり弱まっているのではないでしょうか。

 もちろん、バラエティ番組などにおけるオタクの扱いが、十年一日なのは確かです。しかしこれは、世間の評価・見方が変化していないからでは「なく」、単にバラエティを含む民放の番組制作のノウハウが、10年前から進歩していないというだけのことだと思います。そういう、さらして笑いにする番組しか作れないのです。NHKなどでは、既にサブカルチャーとしてのオタクに対するスタンスはかなり変わってきています。

●相対的に増加するオタク業界のコンテンツ力
 しかし、こうしたテレビ業界の旧態依然とした“オタク(笑)”的スタンスは、近い将来に変わらざるを得なくなると思います。きっかけは、2010年頃の地デジ切り替え……いえ、アナログ放送停波です。すでに兆候は現れていますが、民放のテレビ番組はつまらなくなっています。完全に漫画原作頼りのドラマ、野球放送なども視聴率低迷が叫ばれていますが、なんのことはなくテレビ全体の視聴率が暫減傾向にあるのです。制作側の人材の枯渇ということもあるでしょうが、バブル時代に比べて番組制作予算が明確に削られている訳ですから、いくばくかの水準低下は避けられないでしょう。そこに来ての、アナログ停波。既に、テレビはほとんど見ない、という人も、結構増えているのではないでしょうか。そこに安価なテレビがあり、無料で放送が流れていれば、垂れ流している人はいるでしょう。しかし、新型の高価なテレビに買い換えてまで地上波を見るか? といえば、意外と、“ならいいや”と考える人は多いと思うのです。

 もちろん、それでテレビが廃れるようなことはありませんが、既存の大手テレビ局というメディアのパワーが減少することは間違いないでしょう。だって、地デジになって番組が面白くなると思いますか? BSやCSでの地上波局が手がけるチャンネルがどれほどくだらなく、中身のないものであるかは、ご存知の方も多いでしょう。ハードの買換え需要を当て込んだ、ユーザーの需要のない媒体の切り替えが、スムーズにうまくいくことはないでしょう。そして、アナログ停波後に予想されるのは、CSやケーブルテレビが勢力を伸ばすことです。米国型の多チャンネル時代に突入すれば、既存の大手局の影響力がさらに減少するのは言うまでもありません。

 さて、ここで本論に戻ります。この脱線の意味を説明すると、2010年以後、テレビメディア業界では、CD業界と同じことが起こるのではないか、と僕は考えているのです。CD業界では、最近オリコンの上位に、I've系の歌手や声優がランクインすることが珍しくなくなりました。これは、アニメ系のCDがものすごく売り上げを伸ばしているからでは「なく」、周囲の一般的なJPOPが全く売れなくなったために、相対的にランキングが上がっているのです。10年ぐらい前、林原めぐみさんはアルバムを27万枚(キングレコード発表では40万枚以上。当時はアニメ流通が集計から外されていたので説得力はあります)を売り上げていましたが、今ほどの大きなインパクトは社会に与えていませんでした。周りに、100万枚、200万枚、300万枚を売り上げるアーティストがゴロゴロいたからです。その後、相対的にアニメ系楽曲の番付・位置づけが上がったことで、既存の歌番組等も、アニソン・声優ソングを無視できなくなっているのは、皆さんご存知の通りです。

 以前、「アイドルマスターというコンテンツの特異性」という記事で、“関連CDで10000枚を安定して売り上げる強さ”について書きましたが、オタク系商品の強みとして、「世間全体に届く大ヒットにはならないが、一度掴んだ固定客は必ず買ってくれる」というものがあります。時代の流れ・空気が変わっても、オタクはそれには流されず(オタク界の流行には流されますが)にがっちりついてくるんですね。そして、チャンネルが細分化し、大手民放が力を落とすとどうなるでしょうか。1万人なら1万人、10万人なら10万人の固定客を持ったニッチなコンテンツが、相対的な重要性を増してくると、僕は考えています。先行しているアメリカでは、『鋼の錬金術師』なども放送するカートゥーンネットワークのアダルトスイムチャンネル(アニメ系)が非常に好調です。

●電通転べば皆転ぶ
 現状、日本のほとんどの媒体は、広告代理店の影響から逃れることは出来ません。現在は大手民放に大きなエネルギーを注いでいる大手広告代理店ですが、多チャンネル時代で番組視聴のスタイルが変われば、自然ビジネスのスタイルを変えていく必要が出てきます。そうなれば、もはや広告代理店が「確実に計算でき、そしてそれなりの市場規模を持っている」オタク業界に対し、ネガティブな情報を発信するメリットは何もありません。そうなれば、既存のテレビ局の放送方針もコロリと変わりますし、周囲に流れる“情報”が変化しても、それに流されない自我の強さを、いわゆるスイーツ層が持っているとも思えません。

 宮崎アニメは僕は大好きですが、宮崎駿はやっぱりロリコンですよ。ハリーポッターも基本はラノベフォーマットです。昔指輪物語を読んでいる奴は完全にオタク扱いでした。オタアニメもパチスロになれば市民権です。どういうことかというと、一般層の多くが気にしているのは「人目」なのです。オタクと思われてつまはじきにされたくない……という心理が大きいんですね。だから、「これは大丈夫」という社会のお墨付きが与えられれば、本質的にオタク的コンテンツに対する抵抗感は少ないのです。幸い-これを幸いと言っていいのかは微妙ですが-、オタク業界のコンテンツは、あまり頭を使わなくても楽しめる方向に行っています。オタク忌避の空気が薄れるにつれオタクが増え、それがさらに発言力を上昇させる……という循環も、絵空事ではないと思います。

 下品な言い方ですが、数は力、お金を出す消費者であることは力です。共有ソフトでダウンロードしまくっている人は、得をしているつもりで、緩慢に自分の首を絞めているのです。このあたりは、昔の選挙制度に似ていますね。お金を出しているから発言力・影響力がある。そして、投票(購買行動)は義務ではなく、権利なのです。

 僕らの子供の世代は、もう少し胸を張ってオタクをやれるといいですね。

2007/12/21 15:02 | Comments(6) | TrackBack() | 雑記(アニメ系)

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