高橋名人と、ぼく。
 ハドソンの広報担当として26年間名人の名を担ってきた高橋名人が、ハドソンを退社するという一報が入ってきました。高橋名人を見て育った名人ジェネレーションとして、ごく一時期ですが名人番として何度かインタビューなどをさせて頂いた人間としての雑文を書きたいと思います(当然、名人ともハドソンとも関わりのない僕のフィルターを通した話です。)。

 高橋名人とは何か。それを考えるには26年時計の針を戻さないといけません。今はPS3、Xbox360、DSといったハードが全盛ですが、当時はまだ、ファミリーコンピューターが世に出回ったばかりでした。「あいつんちにはファミコンがある」で子供たちが集まる感じです。そんな時期コロコロコミックを中心とした子供向け雑誌媒体に彗星のように現れたスターが「高橋名人」なのです。今のコロコロのヒーローって、ポケモンですか? 当時の子供雑誌ではポケモンのかわりに、ハドソンの広報社員・高橋利幸氏や、長州力、西武の清原などをスターにしようとしていました。ライバルのボンボンはハルク・ホーガンを漫画にしてましたから、昭和という時代が伺えますね。

 当時の高橋名人は、伝説のヒーローでした。曰く、1秒間に16連打ができるらしい。いや17だ。連打のインチキがばれて警察に捕まったらしい。いや表彰されたらしい。汚物で蝉を捕る札幌穫りを考案したらしい。車を素手で持ち上げたらしい。スイカを連打で割ったらしい。それらは、当時のキッズには真実でした。高橋名人はヒーローであり、イコンであり、名人ならなんでもありだったのです。名人が「目隠ししてスターソルジャーをプレイする」と言えば、僕も一面の敵登場位置を全て暗記してまねをしました。全国のバカな子供が似たようなことをして、連打中に指の皮を痛めました。それが1985年からの数年間、ファミコン少年たちの黄金の時代です。

 そんな生ける伝説・高橋名人も、一時期露出を控えて、主にモバイル方面の仕事などをなさっていた時期もあるようです。名人チルドレンである僕が高橋名人にお会いできたのは、高橋「名人」が生まれて20年ほどたった、2005年前後の一時期でした。

 当時お会いした名人は頭をつるりとそりあげ、スマートになってまるで若返ったようでした。スープカレー店・マジックスパイスの最強クラスの辛さ「アクエリアス」を涼しい顔でたいらげる名人。野菜の甘みを逆に感じるそうです。当日の朝、唇の下を剃刀で切っていた僕は、名人と会って頭に血がのぼったのか、あろうことかインタビュー中に出血しました。すると名人は「いいものをあげよう」といって水絆創膏をくれました。高橋名人の回復アイテムで血はぴたりと止まりました。にこやかに楽しいお話を終えた高橋名人は、でっかいバイクにまたがって颯爽と帰っていきました。その姿があんまりかっこよかったので、僕は「高橋名人20周年インタビュー」の請求書を出し忘れ、気がついたら発売元はなくなってました。ただ働きですが悔いはありません。

 その後、ハドソンがコナミの小会社となり、東銀座のちょっと古びた居心地のいいビルで僕らを出迎えてくれていた高橋名人は、ヒルズの住人になりました。この頃見かけた高橋名人は、かわいい女の子がたくさん出てくるゲームの紹介ステージを、一日何回転もしてこなしていた気がします。僕は、「高橋名人は子供たちのものじゃないかな」と思いながらそれを眺めていました。その頃も高橋名人は、「コスプレ特集に名人の写真使わせて」とお願いしたら快くOKしてくれました。そんなのが通るのは高橋名人とジョイまっくすだけです。

 おそらく僕が行った最後の高橋名人インタビューで、少しいじわるな質問をしました。「名人、今でもゲームは1日1時間だと思っていますか?」と。ゲーム業界が変化し、オンラインプレイが当たり前になった今、これは形骸化した標語です。名人はにこっと笑って、「高校生より上は、好きにやればいいんだよ。でも、やっぱり子供はゲームは1時間!」と言いました。また、「引っ越していった友達とオンラインで遊べることもあるかもしれない」とも。人間としての高橋氏は、「子供は外で遊ぼうよ!」と言いたかったんじゃないかと思います。その間を取った繊細な回答を探していたのが、企業人・高橋名人のバランス感覚だったのではないかと思うのです。

 80年代という時代、各メーカーには1人の名人がいました。広報社員が、キャラを立てて夕方のテレビ番組に出るのが当たり前の時代だったのです。ある名人はファミ通に行き、ある名人はスクエニに行き。それぞれが日常に帰る中、高橋名人は名人として今日までありつづけました。そこには、高橋名人にしかわからない葛藤や、立場や、悩みがあったと思います。それはご本人にしかわかりません。

 であるならば僕らは、「名人おつかれさま! これからまた楽しいゲームの話をしましょう!」と、氏の新しい道を祝福したいと思います。願わくば高橋名人が、新天地でも子供たちと、かつて子供だった者たちを笑顔にしてくれることを祈ります。

(追記:現在ライター中里は、twitterアカウントkiri_nakazatoで活発に活動しています。ブログや公開メールでは迅速にレスポンスできない可能性が高いです。)
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2011/05/23 18:07 | Comments(0) | TrackBack(0) | 雑記(ゲーム系)

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