商人トルネコの朝は早い。雇いの店番として稼いだ資金を元手に、今日も重たい荷を担ぎ荒野を往く。鉄と革の荷は汗じみた肩に食い込むが、その歩みは変わらない。商売相手の気を緩ませるための道化じみた巨体の下には、怪物どもを素手で引き裂く鋼の筋肉が隠されているのだ。
「ワンワン!(今日も大漁でしたね、トルネコさん!)」
「そうだねぇ、雑種。特にこのてつのよろいは拾い物だね」
「ワンワン!(でもホイミスライムの落し物なんてキモくないですか?)」
「いやいや、あれが最高なんだよ…がいこつけんしが着込んだ、死臭漂う鎧なんて誰がほしい?」
「ワンワン!(ぼくはちょっとほしいな、ほしいな!)」
「うふふ、お前は馬鹿だなぁ、雑種。いいかい、ホイミスライムが、鎧ばかり立派な倒れた駆け出しに取り付くだろう。大方貴族の師弟か何かさ。あいつらはすぐに殺すような無粋はしない。チュウチュウ、チュウチュウとあのいまいましい触手で生かしたまま吸い尽くすのさ。まずは目玉、次は内臓。うまいところから順番に……だが、最後には髪の毛一本残さず、あの愉快面のゼリーの養分になる。脂も残さず舐めつくした鎧は、新品同様に売り捌けるってわけさ」
「ワンワン!(でもどうしてトルネコさんは、遠くの城まで売りに行くの?)」
「ボンモールは戦争を控えているのさ。雑種。お前は戦争経済という物がわかるかい?」
「ワンワン!(わからないよ、ぼくにはトルネコさんがわからないよトルネコさん!)」
「ボンモールはエンドールの富を欲している。田舎王には過ぎた野望さ……だがね、おかげで防具がとても高く売れるんだ」
「ワンワン!(まちにうってるよろいじゃだめなの?)」
「一帯の商会ギルドはつながっているからねぇ。商会の印入りの商品じゃ、無茶な商売はできない。だが、不幸な行き倒れに譲ってもらった商品を、城の大臣に直接売りつけても……」
「ワンワン!(市場の販路を通さずに商売ができるんだね!)」
「そういうことさ。市価が1200、仕入れが900の商品が1500近くで捌けるんだからね……一日頭を下げて100やそこらの、田舎武器屋の店番なんて、馬鹿らしくてやってられないさ。くくく」
「ワンワン!(でもトルネコさん、この前は500ゴールドはもうかったかったって!)」
「ああ、あれかい。これと同じ剣を……(ギラリと輝くはじゃのつるぎ)……売りに来た、食い詰め騎士がいたろう?」
「ワンワン!(うだつのあがらないかんじだったね!)」
「こういう品は、こんな田舎じゃめったに出ない。だからほしい人間には喉から手が出るほどほしい……そしてね、物価というものは需要と供給によってなりたっているんだ。神の見えざる手という奴だね」
「ワンワン!(?)」
「つまり、一割や二割市価に乗せても、欲しがる馬鹿は必ずいるということだよ。そして私の才覚で得た利潤を、あんな親から財産を受け継いだだけの間抜けに差し出す必要があるのかい?」
「ワンワン!(いけないよ、トルネコさん! それはいけないよトルネコさん!)」
「……雑種。エンドール界隈に行けば、毛並みのいい犬の毛皮だって幾らかにはなるんだよ」
「ワンワン!(ひっ)」
「だけどねぇ、雑種。僕はお前を殺さないよ。お前が従順な友達でいる間はね。何しろあの爺さんは、まだまだ小金を溜め込んでいそうだからねぇ……町で一番温厚なトルネコさんが、爺ぃの愛犬を縊り殺したなんて言ったら、聞こえが悪いものねぇ?」
「ワンワン!(トルネコ様、私めに通商の極意の続きをお聞かせくださいませ)」
「そうかい? まぁ、商売なんてシンプルなものだよ。ボンモールが戦争の準備をしているのなら、今のうちに絞れるだけ絞らせてもらうだけさ」
「ワンワン!(戦争になっちゃうの?)」
「いや、そうはならないさ。何しろ僕は、これを握っているからねぇ(懐から、戦争を止めるリック王子の手紙を取り出す)」
「ワンワン!(戦争を止めるの?)」
「あの田舎王には現実が見えていないがね、エンドールは強国だよ。武闘大会を開いて腕利きの戦士を集め、そして彼らを雇用するだけの潤沢な資金がエンドールにはある。実際に開戦をすれば、ボンモールは長くはもたないだろうからねぇ」
「ワンワン!(負けちゃうと、困るの?)」
「敗戦国の運命は悲惨だよ……死なない程度に賠償金をむしりとられ続けるわけだからね。そして増大した戦費と併せて、あの無能な王にできるのは、負担を国民にかぶせることだけだ。そうなれば、この国……レイクナバも含めての経済は死ぬ」
「ワンワン!(大変だ! とめなきゃ!)」
「だけどねぇ、雑種。情報というのは力だよ。僕が……僕だけが、戦争の止め時を左右する情報を握っている。全く、商人に国の命運を託すとは、間の抜けた王子もいたものだ。いずれにせよ、この国も長くないかもしれん」
「ワンワン!(で、でもいずれは届けるんでしょう?)」
「そうだね、この国からもう少し絞ったらな……だけどね、雑種。ボンモールが軍事力を増せば増すほど、この情報は“価値”を増すんだ。どうせ取り入るなら、こんな先のない国より、富めるエンドールの方がいいと、お前も思うだろう?」
「ワンワン!(そうですね、トルネコ様! まったくその通りですトルネコ様!)」
「くくく。見ていろ、ネネ、ポポロ。お前たちに、この国が買えるほどの財を与えてあげるよ……」
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とか、そんなことを考えながら商売に精を出していたら、いつまでたっても3章が終わりません。1章はライアンと人妻を何度も宿屋に泊まらせるぐらいしか楽しみがなかったんですが。ああ、早く流れ者の踊り子と占い師姉妹の乱れた旅に進みたいのに。
「ワンワン!(今日も大漁でしたね、トルネコさん!)」
「そうだねぇ、雑種。特にこのてつのよろいは拾い物だね」
「ワンワン!(でもホイミスライムの落し物なんてキモくないですか?)」
「いやいや、あれが最高なんだよ…がいこつけんしが着込んだ、死臭漂う鎧なんて誰がほしい?」
「ワンワン!(ぼくはちょっとほしいな、ほしいな!)」
「うふふ、お前は馬鹿だなぁ、雑種。いいかい、ホイミスライムが、鎧ばかり立派な倒れた駆け出しに取り付くだろう。大方貴族の師弟か何かさ。あいつらはすぐに殺すような無粋はしない。チュウチュウ、チュウチュウとあのいまいましい触手で生かしたまま吸い尽くすのさ。まずは目玉、次は内臓。うまいところから順番に……だが、最後には髪の毛一本残さず、あの愉快面のゼリーの養分になる。脂も残さず舐めつくした鎧は、新品同様に売り捌けるってわけさ」
「ワンワン!(でもどうしてトルネコさんは、遠くの城まで売りに行くの?)」
「ボンモールは戦争を控えているのさ。雑種。お前は戦争経済という物がわかるかい?」
「ワンワン!(わからないよ、ぼくにはトルネコさんがわからないよトルネコさん!)」
「ボンモールはエンドールの富を欲している。田舎王には過ぎた野望さ……だがね、おかげで防具がとても高く売れるんだ」
「ワンワン!(まちにうってるよろいじゃだめなの?)」
「一帯の商会ギルドはつながっているからねぇ。商会の印入りの商品じゃ、無茶な商売はできない。だが、不幸な行き倒れに譲ってもらった商品を、城の大臣に直接売りつけても……」
「ワンワン!(市場の販路を通さずに商売ができるんだね!)」
「そういうことさ。市価が1200、仕入れが900の商品が1500近くで捌けるんだからね……一日頭を下げて100やそこらの、田舎武器屋の店番なんて、馬鹿らしくてやってられないさ。くくく」
「ワンワン!(でもトルネコさん、この前は500ゴールドはもうかったかったって!)」
「ああ、あれかい。これと同じ剣を……(ギラリと輝くはじゃのつるぎ)……売りに来た、食い詰め騎士がいたろう?」
「ワンワン!(うだつのあがらないかんじだったね!)」
「こういう品は、こんな田舎じゃめったに出ない。だからほしい人間には喉から手が出るほどほしい……そしてね、物価というものは需要と供給によってなりたっているんだ。神の見えざる手という奴だね」
「ワンワン!(?)」
「つまり、一割や二割市価に乗せても、欲しがる馬鹿は必ずいるということだよ。そして私の才覚で得た利潤を、あんな親から財産を受け継いだだけの間抜けに差し出す必要があるのかい?」
「ワンワン!(いけないよ、トルネコさん! それはいけないよトルネコさん!)」
「……雑種。エンドール界隈に行けば、毛並みのいい犬の毛皮だって幾らかにはなるんだよ」
「ワンワン!(ひっ)」
「だけどねぇ、雑種。僕はお前を殺さないよ。お前が従順な友達でいる間はね。何しろあの爺さんは、まだまだ小金を溜め込んでいそうだからねぇ……町で一番温厚なトルネコさんが、爺ぃの愛犬を縊り殺したなんて言ったら、聞こえが悪いものねぇ?」
「ワンワン!(トルネコ様、私めに通商の極意の続きをお聞かせくださいませ)」
「そうかい? まぁ、商売なんてシンプルなものだよ。ボンモールが戦争の準備をしているのなら、今のうちに絞れるだけ絞らせてもらうだけさ」
「ワンワン!(戦争になっちゃうの?)」
「いや、そうはならないさ。何しろ僕は、これを握っているからねぇ(懐から、戦争を止めるリック王子の手紙を取り出す)」
「ワンワン!(戦争を止めるの?)」
「あの田舎王には現実が見えていないがね、エンドールは強国だよ。武闘大会を開いて腕利きの戦士を集め、そして彼らを雇用するだけの潤沢な資金がエンドールにはある。実際に開戦をすれば、ボンモールは長くはもたないだろうからねぇ」
「ワンワン!(負けちゃうと、困るの?)」
「敗戦国の運命は悲惨だよ……死なない程度に賠償金をむしりとられ続けるわけだからね。そして増大した戦費と併せて、あの無能な王にできるのは、負担を国民にかぶせることだけだ。そうなれば、この国……レイクナバも含めての経済は死ぬ」
「ワンワン!(大変だ! とめなきゃ!)」
「だけどねぇ、雑種。情報というのは力だよ。僕が……僕だけが、戦争の止め時を左右する情報を握っている。全く、商人に国の命運を託すとは、間の抜けた王子もいたものだ。いずれにせよ、この国も長くないかもしれん」
「ワンワン!(で、でもいずれは届けるんでしょう?)」
「そうだね、この国からもう少し絞ったらな……だけどね、雑種。ボンモールが軍事力を増せば増すほど、この情報は“価値”を増すんだ。どうせ取り入るなら、こんな先のない国より、富めるエンドールの方がいいと、お前も思うだろう?」
「ワンワン!(そうですね、トルネコ様! まったくその通りですトルネコ様!)」
「くくく。見ていろ、ネネ、ポポロ。お前たちに、この国が買えるほどの財を与えてあげるよ……」
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とか、そんなことを考えながら商売に精を出していたら、いつまでたっても3章が終わりません。1章はライアンと人妻を何度も宿屋に泊まらせるぐらいしか楽しみがなかったんですが。ああ、早く流れ者の踊り子と占い師姉妹の乱れた旅に進みたいのに。
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