注 このテキストには『Fate/Zero』のネタバレが含まれる……というか、ネタバレしかないので、『Fate/Zero』第1巻~第4巻を通読後にご覧ください。
先ほど、昨年末に発売された『Fate/Zero』を全巻読了しました。読み終わっての感想が「面白かった!」なのはもちろんなのですが、それ以上に感じたのが、『Fate』のスピンオフ作品としてこれを書き上げる上での制約・条件の多さ。ちょっとでも物を書いたことのある人なら、ゾッとするであろう内容です……一応、条件の厳しさと、内容的にクリアーできてるかを添えて列挙してみます。
難易度低
△必須イベント・未遠川でのエクスカリバー使用
○セイバーは、ギルの“エア”を見ない、知らない
△セイバーは、ギルガメッシュの能力の詳細を知らない
○必須イベント・新都中央部で火災を伴った惨劇
○必須イベント・切嗣が令呪により聖杯を破壊させセイバー涙目
○言峰と切嗣は殺し合いを行った後、双方が生き残らねばならない(決着をつけてはならない)
○セイバー・ギルガメッシュら本編登場組同士は、決定的な戦闘・決着をつけてはならない
○ギルガメッシュは能力の多くをさらさず、別格の強さを誇示しつつも勝利せず、聖杯の中身と接触しなければならない
○セイバー・ギルガメッシュら本編登場組は、人格として成長してはならない
×切嗣の支援を受けたセイバーは、そんなに苦戦せずに勝ち残る
△セイバーと切嗣は、令呪の発動以外の会話をしてはならない
難易度高
ぱっと思いついただけでもこれだけあるので、実際に詳しく検証するとゾっとするぐらい細かい設定の突き合せが必要になるでしょう。それでも、ほとんどの条件をクリアーしているのですから、流石というしかありません。本編で「何の気なしに」書いたことであっても、外伝として膨らませるのなら、その1行、2行が重たい枷になります。数少ないすりあわせを放棄したと思われるポイントは、本編でセイバーが、クラスとしてのセイバーの優秀さを示すために、前回の聖杯戦争では快進撃をしたかのような語りがありましたが、結局のところ『Fate/Zero』においてセイバーの際立った戦果といえば未遠川でのエクスカリバー炸裂ぐらいで、それも大苦戦+共同戦線でした。しかしこれは、さくさく勝ち進んだんじゃ物語にならないですから、思い切って無視するしかない項目でしょう。
そしてもうひとつ、クリアーは難しかったのが、切嗣とセイバーの関係性。本編でかつての切嗣の異質性を際立たせる上で、会話がなかったことを示すのは有効な手法でしたが、第四次聖杯戦争自体を外伝としてきっちり描きこむとなると、話は別です。切嗣とセイバーが決して相容れないことを示すためには、本来なんらかの形での接点があるはずです。しかし、接点を持って交流があった時点で、令呪の使用で三回口を利いただけ、という前提が崩れてしまいます。ので、切嗣は、何故だかわからないけどセイバーを生理的に絶対拒絶する感じになってます。この辺、夢の共有などで描きようはなくはないと思うのですが、切嗣とセイバーの関係を書こうとするほど、優しい切嗣とマシーン切嗣の整合性が乱れてくるので、最初から“理不尽な拒絶”でばっさり通しちゃったのは正解かなとも思います。
しかし、物語としての最大の制約は、やはり「セイバーたちは精神的に成長したり、心の問題を解決してはならない」「決定的な決着をつけてはならない」あたりでしょう。セイバーは本編で士郎に出会うまで、王としての未熟さ・矛盾・弱さを解決してはいけないのです。そして、納得する形で勝利してもいけない。戦いや議論を通してなんら成長せず、最終的には真の意味での勝利はつかめず、真実も知らず、失意のうちに消えていく主人公……これではさすがに、物語になりませんし、クライマックスになんのダイナミズムもありません。となれば、終盤でのカタルシスや、人間的成長、ある種のグッドエンド的な“救い”は、本編に登場しないキャラクターたちが引き受けることになります。そう、ライダー陣営ですね。ウェイバーのような、本編で言えば慎二的ポジションの小物がおいしいところを持っていくのですから、なままかな展開では読者は納得できません。つまり、こと『Fate/Zero』という物語の枠内の限りにおいて、セイバーたち以上に魅力的なキャラクターとしてイスカンダルを描ききることこそが、虚淵さんにとっての『Fate』との最大の勝負だったんじゃないかな、と。その意味で、僕はウェイバーのラストでしっかり涙腺のスイッチを押されてしまいました。敗北。
ですから、超然とした存在で、パーソナリティが揺らぐことのないギルがイスカンダルの最後の相手になったのは、必然といえるでしょう。“ギルガメッシュの能力を周りに知られずに、その圧倒的な力を見せる”ために、逆算してイスカンダルに固有結界能力が持たされたとも言えるでしょう。ギルの能力の隠蔽に関しては不完全で、ギルがばんばん宝剣でセイバー突き刺してるんで、流石にセイバー何かしら気づいてそうなんですが、エアを使えない以上、これは仕方ないのかな、と。ランスロットとの戦闘で我を忘れたセイバーには、普段の観察眼は無かったのでしょう。
しかしセイバー絡みでは戦闘による見せ場・クライマックスを期待できない制約がある以上、その分野は言峰と切嗣に担当してもらうしかありません。八極拳+令呪+黒鍵vs倍速+不死+銃器の戦闘の異様な力の入れ方(これに比べると金ぴかvsイスカはやっつけに見えてきます)を見れば、本当に書きたかったのはこっちであることは明白ですが(笑)。それにしても、必殺の力を持った同士が、必殺の意を込めて戦うのに、両者が生き残らなければならないのですから、最終的には、乱入ノーコンテストにするしかありません。令呪の使い方は正直『Fate』的にはアウトな気がせんでもないんですが、異様にかっこいいのでよしとする方向で(笑)。
そうやって色々見ていくと、切嗣の思考や行動原理についての幾らかの違和感を除いては、ほぼ完璧にまとめきられていることに、ただただ敬服するしかありません。切嗣の目的が「絶対的恒久平和」だったことは悪い冗談だとしか思えないのですが、後に士郎が抱く歪なまでに偏った価値観を思えば、師匠たる切嗣はああでないといけないのかな、とも。また、願望関係でいえば、「切嗣の中にある秘められた願望、選べなかった選択肢」は、多数の無辜の命を見捨ててでも、大切な人をその手で守ることだったのは、ナタリアのエピソードを挿入して語られてます。その辺を、ランスロットとセイバーの関係に重ねてあるあたりは、やはり巧い…! と唸らされました。
長々と書いてきましたが、「キャラクターの成長」や「戦闘の決着」といった要素を封じられ、過程と結末を固定された状態で、あれだけの物を書き上げた虚淵先生はちょっと頭がおかしいんじゃないかしら(いい意味で)、というお話でした。
おまけ ドラマCD版『Fate/Zero』のキャスト見ました? 小山力ちゃんと大原さやかさんがラブラブ夫婦という時点で買いでしょう!
難易度低
△必須イベント・未遠川でのエクスカリバー使用
○セイバーは、ギルの“エア”を見ない、知らない
△セイバーは、ギルガメッシュの能力の詳細を知らない
○必須イベント・新都中央部で火災を伴った惨劇
○必須イベント・切嗣が令呪により聖杯を破壊させセイバー涙目
○言峰と切嗣は殺し合いを行った後、双方が生き残らねばならない(決着をつけてはならない)
○セイバー・ギルガメッシュら本編登場組同士は、決定的な戦闘・決着をつけてはならない
○ギルガメッシュは能力の多くをさらさず、別格の強さを誇示しつつも勝利せず、聖杯の中身と接触しなければならない
○セイバー・ギルガメッシュら本編登場組は、人格として成長してはならない
×切嗣の支援を受けたセイバーは、そんなに苦戦せずに勝ち残る
△セイバーと切嗣は、令呪の発動以外の会話をしてはならない
難易度高
ぱっと思いついただけでもこれだけあるので、実際に詳しく検証するとゾっとするぐらい細かい設定の突き合せが必要になるでしょう。それでも、ほとんどの条件をクリアーしているのですから、流石というしかありません。本編で「何の気なしに」書いたことであっても、外伝として膨らませるのなら、その1行、2行が重たい枷になります。数少ないすりあわせを放棄したと思われるポイントは、本編でセイバーが、クラスとしてのセイバーの優秀さを示すために、前回の聖杯戦争では快進撃をしたかのような語りがありましたが、結局のところ『Fate/Zero』においてセイバーの際立った戦果といえば未遠川でのエクスカリバー炸裂ぐらいで、それも大苦戦+共同戦線でした。しかしこれは、さくさく勝ち進んだんじゃ物語にならないですから、思い切って無視するしかない項目でしょう。
そしてもうひとつ、クリアーは難しかったのが、切嗣とセイバーの関係性。本編でかつての切嗣の異質性を際立たせる上で、会話がなかったことを示すのは有効な手法でしたが、第四次聖杯戦争自体を外伝としてきっちり描きこむとなると、話は別です。切嗣とセイバーが決して相容れないことを示すためには、本来なんらかの形での接点があるはずです。しかし、接点を持って交流があった時点で、令呪の使用で三回口を利いただけ、という前提が崩れてしまいます。ので、切嗣は、何故だかわからないけどセイバーを生理的に絶対拒絶する感じになってます。この辺、夢の共有などで描きようはなくはないと思うのですが、切嗣とセイバーの関係を書こうとするほど、優しい切嗣とマシーン切嗣の整合性が乱れてくるので、最初から“理不尽な拒絶”でばっさり通しちゃったのは正解かなとも思います。
しかし、物語としての最大の制約は、やはり「セイバーたちは精神的に成長したり、心の問題を解決してはならない」「決定的な決着をつけてはならない」あたりでしょう。セイバーは本編で士郎に出会うまで、王としての未熟さ・矛盾・弱さを解決してはいけないのです。そして、納得する形で勝利してもいけない。戦いや議論を通してなんら成長せず、最終的には真の意味での勝利はつかめず、真実も知らず、失意のうちに消えていく主人公……これではさすがに、物語になりませんし、クライマックスになんのダイナミズムもありません。となれば、終盤でのカタルシスや、人間的成長、ある種のグッドエンド的な“救い”は、本編に登場しないキャラクターたちが引き受けることになります。そう、ライダー陣営ですね。ウェイバーのような、本編で言えば慎二的ポジションの小物がおいしいところを持っていくのですから、なままかな展開では読者は納得できません。つまり、こと『Fate/Zero』という物語の枠内の限りにおいて、セイバーたち以上に魅力的なキャラクターとしてイスカンダルを描ききることこそが、虚淵さんにとっての『Fate』との最大の勝負だったんじゃないかな、と。その意味で、僕はウェイバーのラストでしっかり涙腺のスイッチを押されてしまいました。敗北。
ですから、超然とした存在で、パーソナリティが揺らぐことのないギルがイスカンダルの最後の相手になったのは、必然といえるでしょう。“ギルガメッシュの能力を周りに知られずに、その圧倒的な力を見せる”ために、逆算してイスカンダルに固有結界能力が持たされたとも言えるでしょう。ギルの能力の隠蔽に関しては不完全で、ギルがばんばん宝剣でセイバー突き刺してるんで、流石にセイバー何かしら気づいてそうなんですが、エアを使えない以上、これは仕方ないのかな、と。ランスロットとの戦闘で我を忘れたセイバーには、普段の観察眼は無かったのでしょう。
しかしセイバー絡みでは戦闘による見せ場・クライマックスを期待できない制約がある以上、その分野は言峰と切嗣に担当してもらうしかありません。八極拳+令呪+黒鍵vs倍速+不死+銃器の戦闘の異様な力の入れ方(これに比べると金ぴかvsイスカはやっつけに見えてきます)を見れば、本当に書きたかったのはこっちであることは明白ですが(笑)。それにしても、必殺の力を持った同士が、必殺の意を込めて戦うのに、両者が生き残らなければならないのですから、最終的には、乱入ノーコンテストにするしかありません。令呪の使い方は正直『Fate』的にはアウトな気がせんでもないんですが、異様にかっこいいのでよしとする方向で(笑)。
そうやって色々見ていくと、切嗣の思考や行動原理についての幾らかの違和感を除いては、ほぼ完璧にまとめきられていることに、ただただ敬服するしかありません。切嗣の目的が「絶対的恒久平和」だったことは悪い冗談だとしか思えないのですが、後に士郎が抱く歪なまでに偏った価値観を思えば、師匠たる切嗣はああでないといけないのかな、とも。また、願望関係でいえば、「切嗣の中にある秘められた願望、選べなかった選択肢」は、多数の無辜の命を見捨ててでも、大切な人をその手で守ることだったのは、ナタリアのエピソードを挿入して語られてます。その辺を、ランスロットとセイバーの関係に重ねてあるあたりは、やはり巧い…! と唸らされました。
長々と書いてきましたが、「キャラクターの成長」や「戦闘の決着」といった要素を封じられ、過程と結末を固定された状態で、あれだけの物を書き上げた虚淵先生はちょっと頭がおかしいんじゃないかしら(いい意味で)、というお話でした。
おまけ ドラマCD版『Fate/Zero』のキャスト見ました? 小山力ちゃんと大原さやかさんがラブラブ夫婦という時点で買いでしょう!
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